沖縄奇譚

短い期間、沖縄に住んだ記憶

首里城

ある程度書きためた原稿をブログに移しているのだが、あまり寝かせておくと時機を失してしまうので、先にブログ化しようと思った。
そもそも、あまりにもポピュラーな場所であり、取り上げたら余計なことまで書いてしまいそうだったので、城(グスク)の話題は他のお城の事を中心に語る予定だった。しかし、首里城についてここで何か語ってみたい…、と映像を見て思った次第である。
ある朝、通勤前の5時台にテレビをつけたら、首里城が燃えていた。全焼、というか中継中に本殿骨組みが崩れ落ちていった。日出前であの鮮やかな「赤」はわからない。ただ、建物の「赤」を文字通り紅蓮の炎が飲み込んでいる。そして崩れ落ちる建造物。木造の弱さ、というか火炎の勢いを物語っている。
沖縄に暮らしていた頃はあまり関心がなかった。一度出張の折に見学していたし、「赤い」建物の色彩が個人的には強すぎて「もう一度」来たい、とはあまり思わなかった。観光客も多すぎててちょいと疲れてしまう観光地だったこともあり。

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首里城正殿
訪れたのは一年目の正月、特に予定もなく、一人で過ごす正月も侘しいと思い、愛車(Giant)を駆って「新年のイベント」を観に行った。
琉球王朝の新春行事を再現したイベントだったが、首里城の「赤」をバックに繰り広げられる「儀式」は、本土の京都やら江戸で行われた朝廷・幕府行事とは異なる「中華文化」なのだな…、という印象を持った。
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首里城での式典
衣装と所作、そして色彩。ここには大陸の風が吹いている。鹿児島から島伝いに来れば確かに日本と繋がるのだが、海流や偏西風を考慮すれば大陸の繋がりのほうが歴史は古く、影響は大きいのかもしれない。
よく「日本は単一民族国家」という話が議論になる。いろいろな考え方、切り口があるのでその議論に触れるつもりはないが、この光景は本土ではほとんど見ることはできないと思う。強いて言えば、各中華街の色彩に共通点があるかもしれない。
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鮮やかな衣装
さて、すっかり焼け落ちた首里城からは、あの鮮やかな「赤」を連想することはできない。これから再建が進められていくのだと思うが、元通りの色彩が蘇ってくれることを祈りたい。歴史に忠実に、木造で建設してほしいが、やはり防火・耐震等の危機管理は十分お金を使って整えてほしいと思う。
何せ世界遺産である。それが石垣やら「遺構」の部分だけだったとしても、再建されるであろう建造物は間違いなく沖縄のシンボルになる。
友人と訪れた際には、どの建物だったか、沖縄の伝統的菓子を頂きながらお茶を飲んだ記憶がある。
再建されるのであれば、ぜひ、このような沖縄文化も堪能できる施設にしてほしい。ただしどこの集落のものかもわからない「謎のエイサーショー」は要りません。お土産屋さんも最小限でお願いします。
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今度訪れるのは何年後か、再建されたら是非訪問しよう。もう一度あの「赤」を目に焼き付けるために。